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日本海を知る

にぎわい探検隊 北前船の巻

其の参 大阪港(大阪府大阪市)

にぎわい探検隊「北前船の巻」の第三回目は北前船の始点で終点の大阪港です。

海遊館

海遊館

天保山公園の案内

天保山公園の案内

 大阪は「水の都」であり、淀川を初めとして、多くの川が大阪湾に流れ込むデルタ地帯でした。天然の良港でもあり、都と海を結ぶ交通の要所でもありました。「にぎわい探検隊」も船にて大阪入りです。

 まずは天保山公園の中にある日本一低い山「天保山」へ。その昔大阪の港は浅かったので大きな船が入れるように延べ10万人もの人手で港を深く掘り下げ、その土砂を積み上げてつくったのが「天保山」です。江戸時代には桜や松の木を植え、掛茶屋・見晴堂などもでき四国や淡路島などの眺望に恵まれた景勝地として、たいそう賑わったようなのですが、今はせっかくの「山」を低くしてしまい、標高4.53mしかありません(もはや「山」という感じはしないです)。

 しかし「天保山」の頂上は国土地理院の「二等三角点」として今でも大事な役割を果たしています。また近くの喫茶店に行けば「登山証明書」がもらえるようなのですが、発行時間が午後1〜4時だったので、午前中に行った私はもらえませんでした。(残念です)

ちなみに背後の安治川の向こうにはUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)があり、天保山公園からは船で渡れます。

「浪花天保山風景」歌川貞升画、当時のにぎわいの様子です(天保山公園の壁画パネルより)

「浪花天保山風景」歌川貞升画、当時のにぎわいの様子です
(天保山公園の壁画パネルより)

新潟市四ツ屋町の住吉神社(右下隅に方角石)

新潟市四ツ屋町の住吉神社
(右下隅に方角石)

1680年(延宝8年)の河口部(湊)の形

1680年(延宝8年)の河口部(湊)の形

方角石

方角石

 次は、住吉大社です。ここは全国に2000以上もある住吉神社の総本山となっているところで、お祓い・航海安全・和歌の道・産業育成などのご守護をされるとのことです。

社は4つもあります(これは第一本宮)

社は4つもあります(これは第一本宮)

船絵馬にもよく描かれる「太鼓橋」。渡るというより「登る」

船絵馬にもよく描かれる「太鼓橋」。
渡るというより「登る」

高燈籠(巨大です!)

高燈籠(巨大です!)

珍しいワニの絵馬(なぜワニ?)

珍しいワニの絵馬(なぜワニ?)

 さらに、となりの住吉公園の向かい側には高燈籠があり、(高さは10mくらい?もっと?)当時は灯台の役目を果たしていたようです。昔は海も近くここから西へ200mほどの所が大阪湾で、そこが本来の場所でした。上部が木造だったものを昭和49年にコンクリート造りにし、ここに再建したとのことです。

 北前船は3月下旬くらいに大阪を出発し、途中商売をしつつ瀬戸内・下関を経由し日本海に出て、そのまま北海道まで行き(5月下旬頃)昆布やニシンを積み込み、そこから今度は逆ルートで日本海を南下(7月上旬)。帰りも日本海の港で商売しながら、途中下関で(畑の肥料にする)ニシンの相場情報を仕入れ、それを瀬戸内で売りつつ最後に大阪で全て荷を売りさばいて(11月上旬)北前船の一年が終わります。

 北陸などの各地から来ている船乗りは歩いて故郷に帰り正月を迎えたそうです。帰郷の際、地元の神社に奉納した絵馬はここ住吉大社のものが多かったようです。(今回はオチなしです・・・)

2005.7.1 (by 隊長)